『かくれんぼ』
暗闇の中に少年は一人、身動きひとつしないでじっと身篭っていた。
扉の隙間から夕方の橙の光が多少入り込んできてはいるが、幼い少年にとっては不安を
取り除いてくれる対象にはならなかった。
年季の入った雑巾から発する悪臭と、埃の煙たさ。この二つに耐え忍びながら、掃除用
具入れに隠れる少年。依然と教室はしんと静まり返っていて、聞こえるのは自分の胸の鼓
動のみ。
少年は今かくれんぼをしていた。
人見知りをしてしまい人と接することが苦手な少年は、いつもこういった遊びとは無縁
の存在だった。だが人と接するのは怖いけど一人は寂しい。そんな思いが今日のかくれん
ぼにつながった。勇気を出して仲間に入れてもらった少年。そのときの満面の笑みは喜び
に満ちていた。
しかし、今の少年の顔にはその笑顔のかけらも残っていなかった。
今さら鬼の人が、少年を探しに来てくれるとは思っていない。
きっと僕のことなんて探す気ないんだ。
そんな思いが少年の心の中によぎった。
でも、鬼がまだ少年を探して学校中を走り回っている可能性を、信じていたかった。そ
の思いが少年をこの掃除用具入れに留めさせた。
キーンコーンカーンコーン……。
人気の無い学校にチャイムが響く。静寂に鳴り響くむなしい単調な音は、そのまま少年
の孤独さと心中をそのまま体現したもののようだった。
そのチャイムをきっかけにするかのように、少年は扉に手をかけた。
やっぱりもう一人でいることの寂しさには耐えられそうにない。
意を決してそっと掃除用具入れから這い出る。視界が開けて、閑散とした放課後の教室
が目の前に広がる。教室に掛けられた時計を見ると、もう五時半を回っていた。
まずはかくれんぼをしている仲間を探そうと思い、教室の扉を開けて廊下に出る。辺り
を見回しても、耳を澄ましても、人のいる気配は感じられなかった。そのままあてもなく
学校中を歩き回る。だけど一向にかくれんぼの仲間は見つからなかった。
少年の目にうっすら涙が浮かび始めた。
こんなことなら勇気なんて出さなきゃよかった。
いつものように一人で家に帰っていればよかった。
そういった後悔の念だけが少年の頭の中をぐるぐると駆け回った。もうかくれんぼの仲
間を探すという目的すらも、その念がかき消してしまった。それなのに少年は、嗚咽を漏
らしながらも足だけは止めようとはしなかった。
それから数分後。突然少年の足が止まった。
とうとう孤独の寂しさに耐えられず、廊下にしゃがみこんで泣き出す少年。その泣き声
は学校中に響き渡った。その誰かを求めるような泣き声は、少年を探していた鬼の耳にも
届いて二人を引き合わせた。
「やっとみつけた」
少年が顔をあげると、目の前には一人の少女が笑顔で見下ろしていた。
「君、隠れるのうまいね。ずっと君を探していたんだよ」
「ずっと、僕を?」
「うん」
少女は笑顔で頷く。その笑顔に少年は、泣くのも忘れて見とれてしまう。そんな少年に
少女は聞く。
「どうして泣いてたの?」
「……みんな僕を置いて帰っちゃったと思ったから。探しても、誰もいなかったから……」
「それはきっと行き違いになっていたからだよ。ほかの人は……みんな帰っちゃったけど
……」
少し気まずそうに少女は言う。でも、少年はうれしかった。一人でこんな時間まで探し
てくれた少女の優しさが。
また少年は泣き出した。さっきのとは違う涙が少年の頬を濡らす。
「えっと……」
再び泣き出してしまった少年を見て少女は困惑するが、すぐに何か思いついた顔になっ
て「今から二人で遊ぼう」と言った。
「えっ?」
今度は少年が困惑した。人に何かを誘われるのは初めてだったから。
「そうだ。かくれんぼだと隠れているとき寂しいから、鬼ごっこにしようよ。ね」
そう言って少女は少年に手を差し出す。少年は一瞬戸惑うが、差し出された手をぎゅっ
と握り返した。そのときに感じた少女の手の暖かさは、少年にやっぱり勇気を出してよか
ったと思わせるのに十分だった。
そして、二人だけの鬼ごっこが始まる。
空はもう薄暗くなり始めていたが、時間を忘れて笑顔で走り回る。
二人の笑い声は学校中に響き渡り、その笑い声はいい加減に帰れと先生に注意されるま
で、ずっと続いていた。
あとがき
まずは最後まで読んでくださった方に感謝です。
執筆時間約一時間ちょっと。思うがままに書いたショートショートです。ショートショ
ートなのにオチも何もないというへっぽこなものですが、一応心温まるもの系? という
つもりで書いてみました。これからもこれ系中心に書いていきたいと思っています。
それでは。
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