名工村正、彼は異端児だった。
彼は血を好み、人を切ることに至福を感じる男だった。
家業から鍛冶屋をしていた村正、彼はそこで類い稀な能力を開化させた。
人を切ることに特化した村正の刀は血を吸い、いつも赤く染まっていた。
名のある侍達は、その刀を手にすると我を失い
人を切ることに至福を感じるようになったという。
そして、その村正に巻き込まれた一人の少女と一人の少年の物語が始まる。
「あ〜、気持ちい〜」
山の芝生の上に少女が転がる、今は昼時、時季は春
この時間は一番ぽかぽかして気持ちいい時間帯なのだ。
この山からは、町が一望できて、夕刻には夕日に染まる景色が心を癒す。
声を出した少女のお気に入りの場所の一つだ。
この少女の名は桜花(おうか)という。
髪は結ってあり、纏まって腰まで垂れている。
この少女、桜花は、十七という若さで町の剣術道場の正統継承者の一人なのである。
「おーい、桜花ーどこ〜?」
「ここ、ここー どうしたの落葉(らくよう)?」
芝生に転がっていた桜花が起き上がり、振り返った。
そこに立っていたのは幼なじみの落葉。
落葉は桜花と同じ日に生まれ、家も隣同士だった。
そのことから、ずっと二人は一緒に遊んで一緒に育ってきたのである。
そして、落葉は剣術道場の正統継承者の一人
継承者は桜花と落葉の二人である。
継承者が二人なのは二人の腕が互角なのである。
正統継承戦の戦歴は桜花、落葉ともに十三勝、十三敗、三引き分け。
後ろに振り返った桜花に落葉がため息を出しながら話した。
「桜花、御師様が探してたよ、どうせまた、掃除さぼったんだろう?」
「あちゃ〜ばれたか、でも、落葉も一緒にサボらなかったけ?」
「ああ、僕のは、春香(はるか)さんがやってくれてたみたいでね」
春香とは、桜花、落葉が通っている剣術道場師範、黒我 黎健(くろが れいけん)の娘である。
春香は面倒見がよく、歳も桜花と落葉より一つ上なので、血の繋がってない姉のような存在だ。
「ずっるーい! いつも春香ったら、落葉のこと誑(たぶら)かすんだから」
「誑かすって… それはちがうんじゃないかな」
「いいえ、そうに違いないわ、安心させて落葉、アンタを食べちゃうに違いないわ」
「はいはい、わかったから、早く帰ったほうがいいよ、御師様、待ってるし」
「なんか話をずらされてる気がするけど、わかったわ」
―黒我道場庭―
桜花が山を下り、道場を覗いて見る。
中では数人の門下生が、練習に勤しんでいる。
練習生の一人が桜花に気付き大きな声で声をかけた。
「桜花さん、おはようございます!」
その声につれて練習生が一度手を休め、桜花に礼をする。
その声に道場の主、黎健も反応しこっちを見た、何処となく怒っているようにも見える。
「あはは、みんな、もうお昼だよ」
門下生達の挨拶に苦笑しながら道場の中に足を踏み入れる。
そして、すぐ話し掛けてきたのがこの道場の主
黒我黎健である、もう、歳も六十近いのだが、その力は現役から衰えてはいない。
「桜花、来たか、全く何処に行っておったのだ」
「いや、ちょっと散歩にね、で? なに、話って」
一様しらばっくれてみる、桜花は額に冷や汗をかきながら黒我の言葉を待った。
黒我は懐から一枚の封書を取り出し桜花に渡した。
「桜花、お前は落葉と一緒に使いに行ってもらいたい」
「ふぇ? 使い…ですか」
素っ頓狂な声を出し目を丸くする。
「なにか、都合でも悪いのか?」
「掃除の事じゃなかったんだ」
「ん? 何か言ったか?」
桜花は首を振り、黒我の持っていた封書を掴み立ち上がった。
「いえ何も、桜花、慎んで行ってまいります」
桜花は逃げるようにして道場を後にした、出て行く寸前、黒我が叫んだ。
「先に、春香が向かっておる、すぐに追い付くだろうが急げよ」
「じゃあ、行こうか桜花」
外にはもうすでに荷支度をしている落葉が立っていた。
「落葉、あんた用件分かってたわね! 何で教えなかったのよ!!」
桜花は落葉に掴みかかる。
落葉は驚きもせず、フフッと笑い答えた。
「だって、聞かなかったろ?」
桜花は脱力して落葉から手を離した。
「落葉ったら、いつからそんなひねくれた子になったのかしら、私、悲しいわ」
服の裾で顔を隠し泣き真似をする桜花。
落葉は桜花の裾を掴み下に降ろし、顔を近づけニッコリ笑っていった。
「いつも、僕をからかう幼なじみの女の子がいるからたまには仕返ししてもいいかなって思っただけだよ」
「…悪かったわね」
桜花は顔を赤くして、自分の部屋に走っていった。
「ちょっと、からかいすぎたかな?」
数分して、桜花が戻ってきた、少しだけ不機嫌そうだ。
「行こうか、桜花」
「……………」
返事は返ってこなかった、先ほどの事をまだ根に持っているのだろう。
落葉はやれやれと歩き出した。
桜花も無言で後ろを付いてくる。
桜花は怒っていた、落葉にからかわれたのは初めてだったし
仕返しされたということが桜花はさらに腹ただしかった。
(なによ、落葉ったら、私をからかうなんて、面白くない)
じーっと、落葉の背中を睨みつける。
落葉は幼いころから気が強い方ではなくて
いつも、気の強い桜花の後ろに隠れていた。
その落葉が、いつの日にか桜花の背中から離れたのはいつからだろうか
記憶なんて曖昧な物でそんな事をいちいち記憶してなどいなかった。
(私、落葉の事どう思ってるんだろう?)
今まで一度も考えたことなどなかった
考える必要なんかなかったから
いつも、隣にいるのが当たり前で、落葉がいない日なんてなかった。
(落葉も私のことどう思ってるのかな?)
その、桜花の思考はいきなり途切れた。
「ふぎゃ」
考え事をしていたので前に気が向いていなく、人にぶつかってしまったのだ。
桜花はへんてこな声を出して立ち止まった。
「おう、姉ちゃん痛いのう」
ぶつかった相手は、昼間から酒を飲んでいる武士だった。
だが、風貌からしてただのチンピラといったとこだろう。
一様帯刀しているが、たいした代物ではなさそうだ。
「すいません」
素直に謝る桜花。
落葉はこの光景を町人と一緒に見つめていた。
「すいません、じゃないだろ、この小娘が」
酒臭い息を桜花に浴びせる男。
「うっ、お酒臭い、やめてよ!」
ドンッと男を押す桜花、男はいきなりの衝撃に後ろに倒れた。
「この餓鬼ぃ!」
男はすぐさま立ち上がり、腰の刀を抜いた。
事を見ていた町人が叫びをあげる。
「折角、人が素直に謝ってあげてるのに、そっちが悪いんだからね、落葉! 刀」
「はい、桜花、これでいいね」
いつの間にか横に立っていた落葉が桜花に刀を渡す。
黒の鞘に紫の紐が絡み付いている。
長さは五尺二十八寸、桜花の身長とほぼ同じである。
一尺約三十センチで一寸は約三センチである。
つまり、この刀は百五十八センチほどあるのだ。
「コレ落葉の刀じゃない!? 私の刀は?」
「僕が桜花の刀まで持ってきてるわけないだろ」
「もう! 役に立たないんだから」
悪態をつきながらも桜花は刀を鞘から抜く。
抜いた刀は太陽の光を浴びて光り輝いている。
「これ、扱いにくいのよ、重いし、長いし、扱いずらいったらありゃしないわ」
そんな事を言いながらも切りかかってくる男の刀を軽く交わしている。
しつこく切りかかってくる男のすれ違いざまに足を引っ掛けこかす。
みっともなく倒れる男を見てその様子を見ていた町人からクスクスと笑いが起きている。
男はさらに激怒して、笑ったであろう町人達に切りかかった。
「あっ! バカ!!」
桜花は地を蹴り、襲われそうになった町人の前に立ち、刀を受けた。
ギィン、鉄と鉄のぶつかる音が響く。
「この人たちは関係無いじゃない! 関係無い人を切るなんてただの外道だよ!!」
男は三歩ほど下がり、桜花を睨みつけた。
「刀を持つものは信念を掲げて、その高みを目指して生きるものよ。外道に落ちても、今ならまだやり直せるわ」
その間に、町人は走ってその場を離れた。
「黙れ餓鬼が! 外道で上等、わしの気に障ったものはすべて切り刻むだけだ」
「ちっ、外道、救い難いわ」
桜花は刀を構えなおし、男と向き合った。
男は、雄叫びを上げながら突進する。
何も考えてない猪突猛進の攻撃だ
距離が縮まり、男が袈裟切りをしてくる。
剣線は単純、桜花は見をかがめ、袈裟切りをかわし、刀の峰を狙い切り上げた。
男の刀は宙に舞い上がり、民家の家の壁に突き刺さった。
男はその反動で尻餅を付く
桜花は男に刀の切っ先を向ける。
「まだ、やる?」
「なぜ、切らない」
桜花は刀を鞘に戻し、背を向けた。
「我、人を切らず、これが私の流儀なの!」
「甘っちょろい奴だ、そんなのではこの世の中生きてはいけないぞ」
「大丈夫よ、私は私の信念を貫くだけ、死んだ時は私が甘かっただけ、まあ、あなたは少し頭を冷やしなさい、検非違使さ〜ん、こっちでーす」
ぞろぞろと、検非違使が数人やってきて、男を捕らえた。
連れて行かれる前に男が叫んだ。
「お前! 名は」
「名を聞く時は自分から名乗るもんよ」
「ふんっ、憎たらしい餓鬼め、俺の名前は債鬼(さいき)だ」
「私は桜花、この町の道場にいるわ」
「桜花か、その名、忘れないぞ」
「再戦いつでも受けるわ、ただし! 外道の刀は受けないからね」
「ふん、桜花、すまなかったな」
そのまま、債鬼は検非違使に連れられて行った。
桜花はその姿が見えなくなるまで、見送った。
「さすが、桜花なかなかの太刀筋で」
いつの間にか後ろに立っていた落葉が桜花に話し掛ける。
桜花は借りていた刀を落葉に返した。
「あれぐらい、アンタだって簡単に倒せるでしょう」
「でも僕には、あの人を更生させることはできそうになかったよ」
「あの人、債鬼だっけ? 酒で酔ってただけなのよ、根はいい人なのよ、刀を持つ人はみんなね」
桜花は落葉から顔を背け、一人歩き出した。
心なしか、顔が紅潮していた、自分のセリフに恥ずかしがっているのだろう。
落葉は何も言わず、刀を腰に戻し、桜花の後ろについて行った。
だが、その後、終始、落葉は笑顔のままだった。
あとがき
どうも、始めまして。ネガです。
お楽しみいただけているでしょうか?
投稿としては初めてのオリジナルです。
上、中、下の三部作です。
読んでくれた人がいるなら感想、頂ければ嬉しいです。
ではでは〜