出来なかった。
 ただ恐怖で体が竦んでしまい、助けるなんて当たり前の行為が出来なかった。
 時間は待ってくれなくて、状況は刻一刻と変化していって、気づいたら今の自分がいたのだ。

 暗闇の中で絶望をみた。想像を絶する光景は脳裏に焼きつき、今でも夢に見ることは多い。
 唯一の救いはナノマシンの過剰摂取による五感の減衰により、その数多くの死を受け止めることが出来たという点だろう。
 苦痛に歪む表情も、助けてと懇願する声も、血と薬が充満する臭いも、何の味もしない食事も、狂気に満ちた雰囲気も、五感の衰退と徐々に変わっていく自身の心によって始めて受け止められることが出来た。以前の自分なら憤怒と憎悪の限界を超えていたに違いない。

 結局、俺は死ぬことなく救出され、今後の選択を迫られた。
 何が出来るのか、助けられなかった自分に何が出来るのか、その一点のみを追求した。いや、正確に言うと少し違う。昔の自分に戻れなくなってしまった以上、やるべき事は一つしかないのだ。結論は既に出ていて、それを実行するかしないかで悩んでいるに過ぎない。
 過去を捨てる行為は余りにも苦痛で、幸せだったあの日は、恐らく二度と戻ってこないだろう修羅の道を歩むのが怖いのだ。

 料理人としての道を閉ざされて、最愛の人を助けられなくて、幸せの道は全て閉ざされた。
 唯一俺が今出来る行動、感情の捌け口、そして夢を壊された代償。今後確実に起こるであろう未来。その先にある答えは、一つしかない。


 ――彼らに復讐を、それだけだ。








 機動戦艦ナデシコ 〜黒と銀の復讐劇〜
 第一話「The Prince Of Darkness」









 青き空は飛行機雲という白い直線がはっきりと見えるほどに澄みきっていた。まさに晴天と呼べる天気だ。
 ギラギラと大地を照らす太陽と、蝉の鳴き声が夏という感覚を煩くも伝わってくる。日本特有の湿気の多い暑さに参ってしまう者も少ないらしく、熱中症で倒れてしまう者もいるとニュースでは言っていた。

 夏の風物詩とも言える大きな入道雲が、景色に加わっているそんな真夏のある日。一人の男性が共同墓地の一つである墓前に、静かに佇んでいた。
 軍服を着たその男性の名前はミスマル・コウイチロウ。ユリカの実の親であり、アキトの義理の父親でもある彼は、悲痛にも似た低い声で墓に問う。

「ユリカ、アキト君と仲良くしているか?」

 生前なら『当然だよ、私とアキトはラブラブなんだから♪』と笑顔で言い切るに違いない。
 だが、今は墓前。答えなど帰ってくるはずも無い。
 故人に対して問いかける行為は、空しくも吹きつける風によって消えていった。それでいて、心の傷を擦っていく。
 墓の中に遺体は入っていない。骨すら残らず、彼らは文字通り吹き飛んでしまったのだから。

 シャトル事故から二年の月日が流れた。その二年間、彼らの戦友達は多少なりとも影響を受けた。
 ある者は統合軍へ。ある者は仕事に熱中して。ある者は宇宙へと飛び立っていった。
 それが決して悪いというわけではない。悲しみは時間によって取り除かれていくモノであり、人は生きていかなくてはならない。感情に任せて全てを投げ出すほど子供でもない。良くも悪くも、ナデシコのメンバー達は二人の死を切っ掛けに、大人の階段を上っていったのだ。

 春が来て、夏、秋、冬と季節が巡る。
 心の時間が止まろうとも、現実世界の時計は無常にも刻み込んでいく。

「君達がそっちに逝ってしまってからもう二年が経つ。長かった戦争も終わり、少しずつだが戦争前の生活に戻りつつある。だが、戦争の功労者でもある君達に何故この生活を味合わせてやれないのか、私は正直神様を怨んだよ」

 彼は無意識の内に拳を白くするほど強く握り締めていた。
 娘を愛し、義理の息子となった子を愛す。嫁に行ってしまったという寂しさと、幸せなそうな顔をする娘の愛おしさはコウイチロウを親の責務へと働かせた。結婚させた事に後悔は無い。後悔すれば娘への裏切りとなってしまう。

「でも、私が神様を怨むのさえ君達の事を侮辱しているのかと思うとやりきれなかった。だから私は『今』を生き、『未来』に向けて生きていこうと思っている。君達が、ユリカとアキト君達が必死に戦争を終らせようとした時みたいに――信念を持って強く生きようと思う」

 コウイチロウの瞳には決意の意志が籠められていた。
 それはユリカが火星極冠遺跡を破壊しようと決意した時と同じ瞳。自分の無力さを呪いながら、それでも出来る限りの事をしようとする決意の証。

「そろそろ時間だ、また会いに来る。ユリカ、アキト君」

 彼はそう言うと墓前から去っていった。
 墓前に残ったのはユリの花と線香。そして、一枚の写真。









 『地球連合宇宙軍』と『木星圏ガニメデ・カリスト・エウロパ及び他衛星国家間反地球連合共同体小惑星/通称・木連』との全面戦争。人類史上初の宇宙戦争『蜥蜴戦争』が終決して三年。裏では多少のいざこざがあったが、一応和平が決まり人類は平和になった。

 三年間、木星と地球は目まぐるしい復興と共に、技術をお互いに提供しあう事で新たな技術を獲得した。
 虫型の無人兵器を応用した無人人型兵器を生み出したり、無人艦までも操作可能となった。ナノマシンの医療も進み、怪我の自然治癒促進システムを構築にまで成功、という歴史的快挙まで成された。

 戦争の頃とは全く違った環境に変化した世界は、大きな歯車を手に入れたおかげだ。全てはボソンジャンプ、火星人の遺跡から発掘したオーバーテクノロジーが関係していた。

 宇宙では『ヒサゴプラン』――地球から木星圏までの間に、高速物資移動ネットワークを配備するというものが確立されつつあった。チューリップを使ったボゾンジャンプ技術を、星系内の移動という平和利用目的に設立されたものである。
 最終的には太陽系全域を自在に行き来できるシステムを目的にしていた。
 このヒサゴプランは人類にとっての希望とも言える。太陽系を自由に行き来出来るシステムとタイムラグの無い移動方法はまさに画期的。これが確立されれば人類はより発展と進化を遂げるだろう、と学者達の間でも囁かれているほどだ。
 現在では地球と月周辺、火星の真ん中程度までコロニーが配置されている。今も計画は進行しつつあった。

 蜥蜴戦争以前とは比べ物にならないほど飛躍した技術の数々。しかしその要ともいえるコロニーの一つ、【ターミナルコロニー『シラヒメ』】は今まさに襲撃にあっていた。









 ―ターミナルコロニー「シラヒメ」―


 最初に気づいたのは司令部にいる一人の青年だった。
 青年といっても今年入隊したばかりの軍人で、パソコン関係に強い事から通信関連の所属になったばかりの新人であった。

 違和感は、次第に確信へと変わっていく。
 ボース粒子の異常増大。データベースに最重要事項として載っているソレは、自分の目の前にある画面と酷似していたのだ。

 上官にその事を伝えようとすると同時に、警報が鳴り響く。
 ボース粒子の異常増大に、素早く反応する自動の防衛システムが動き出した。無人戦艦が五、無人機が二十。反応地点からコロニーの中間に位置する地点に並んだ。

《防衛システム起動。第一次防衛ライン上に無人機投入》

 コロニーの中枢部に埋め込まれているシステムの一つ、オモイカネの劣化コピー。自立型のコンピュータをコロニーに利用する事によって防衛レベルを著しく上げる。

 宇宙軍と取引して、技術提供という形でオモイカネのシステムを一部流用してあるこの品は、ヒサゴプランの中枢コロニーに設置されている。だが劣化コピーのせいなのか、ナデシコA時代のオモイカネよりも性能が悪く、軍という枠に括られている為自由で柔軟な発想も出来ないため、融通も利かなかった。
 しかし、曲がりなりにもオーバーテクノロジーの劣化版。その価値は高い。

《侵入者への警告失敗、防衛レベルをAに移行。形状該当なし。友人機動兵器の可能性六十パーセント》

 無機質な合成音がコロニーに伝わった。
 それを聴いた軍の連中の反応は様々だ。笑う者、思考をめぐらす者、緊張する者。
 だが、その情報を取り入れた青年はそのどれにも該当せず、目を見開いていた。新人だからとか、そういう意味での恐怖ではない別の怖さ。原因不明のコロニー爆破事件は三つも起こっている。そしてその爆破は内部でありながら、防衛システムが起動していたという、不可解なデータが検出されたのだ。

《ボソンアウトまで後十秒。カウントダウンを開始》

 軍の上層部はそれを誤報として処理したが、誤報はそうそう起きるものではない。そもそも爆破した後にシステムが起動したならまだしも爆破前、つまり全くの正常であったであろう状態での誤報など、確率的に言えば天文学的な数字の羅列になってしまう。よって誤報ではないと推測するのが妥当なのだ。

 その考えを正しいと判断して、推測できるのは唯一つ。
 ――――誤報ではなく、正常に作動した防衛システム後にコロニーは大破した。
 その判断が脳裏に浮かんだ瞬間、青年は椅子から飛び起き、廊下へと通じるドアに向かって走り出す。

「おい、何処に行くッ!」

 上官の怒鳴り声が聞こえたが無視。この直感によって今までの人生を生きてきた彼にとって、この出来事は見逃せなかった。

 そして、その直感は現実に当たった。









 ボース粒子が一つの機体を形作っていく。
 美しくも残酷に見えるそのフォルムは機動兵器の概念にないモノ。まるで堕天使が翼を広げたような、あるいは大空を羽ばたく鳥の様な機体は、宇宙に同化する漆黒の色をしていた。微かに反射する装甲が、禍々しく光った。

《ボソンアウト》

 その言葉を放たれた刹那の時をもって、攻撃が開始された。
 エネルギー確保に十分な時間を貰った無人戦艦は、主砲であるグラビティーブラストを解き放った。その数、五。広範囲の指向性を持たない重力波は、敵である黒い兵器を肉薄せんと襲い掛かった。

 正体不明機はデータ上でしか確認できない、不可視の主砲目掛けて突進するという強引な戦法で回避する。もっとも効果の薄い隙間を縫うように旋回しながら、前面に張られた高出力のディストーションフィールドを盾に突き進む。大量の推進剤がまるで七色の光芒となり、軌跡を描いていた。
 爆発的な機動力を持っている機体だからこそ、そして高出力を保っていられるからこそこそ出来る回避方法に、コロニーの中枢システムは次の命令を下した。

《危険度Aと判定。無人機、並びに有人機動兵器の配備》

 無人機の持つハンドレールガンが『黒』に照準。機体に繋がっているケーブルから大量の電力が供給され、リニアバレルで実弾を加速させる。銃口が黒の動きを予測、予想地点に向けられた。

――――発射。

 無人機二十のハンドレールガンが一気に火を噴いた。予測されて放たれた弾丸は吸い込まれるかの如く、正体不明機目掛けて飛来する。宇宙という三次元に展開される空間戦闘において、無人機は絶大な効力を発揮していた。

 統合軍正式採用のステルンクーゲル。内部動力を搭載することによって長期戦闘も、母艦から離れて戦うことも出来るという夢のシステムを実現した。それに加えて人が乗っていないことから、特攻などの無茶な命令も下せる。
 コロニー中枢システムの演算機能を流用し、確率から成り立つ未来予測も可能となっていた。勿論、この修正プログラムはどの機体にも搭載されているが、その演算をより高度にすることによって、正確な確率論が割り出せることが出来た。

 正確無比な一斉射撃の銃弾は、正体不明機の張るフィールドにぶち当たった。フィールドが微かに揺らぐ。瞬間、銃弾が放たれた軌道を予測して、打ち終わった無人機目掛けて正体不明機は一気に加速する。

 フィールドを歪ませながらも迫りくる正体不明機に、対応出来ない無人機は命令に従って何発も放つが、尋常じゃない機動力の前には無力だった。無傷で回避するという選択肢を捨て、最小限の損傷で特攻を繰り出す正体不明機には当たらず、フィールドによって弾丸を逸らされてしまった。

 前面に張ったフィールドでの体当たりで一機目。
 右へほぼ直角に旋回して体当たり、二機目。
 無人戦艦から放たれた誘導ミサイルをギリギリに避け、その回避の合間に五機目。
 自らを覆っていた装甲と翼を外し、ハンドカノンで七機目。

 流れる水のような動きで、次々と無人機を排除していった。

「第1、第2防衛ライン、突破」
「レッドラインへの応援急げ!」
「間に合いません!」

 コロニー中枢システムの演算速度を嘲笑うかのような奇怪な動きは、人間が操作しているとは到底思えない。だが、人間でなくてはこの微細な動きは不可能。僅か数センチという神業な回避方法は、決して機械で真似出来るものではなかった。
 司令部は、その人間では強烈なGで圧死する不可能な動きに、不甲斐なさと異常な動きを繰り出す正体不明機への怒りを感じていた。

 一方、実践に繰り出す軍人は、司令部とは正反対にただ恐怖した。
 理不尽とも思えるその動きは純粋に思考を鈍らせ、そして動きを鈍らせる。既にコロニー侵入を果たした、正体不明機に対して防衛を試みる。しかしその命令も、純粋な恐怖の前にはあまり意味を成さなかった。
 脂汗が滲む。汗で操縦桿がうまく握れず、動体視力では追いつけないほどの速さで動くものを見定めようとするが――、

『何で、何で当たらないんだ!』
「パープルアイ! 後退しろ、パープルアイ!」
『う、うわぁぁぁぁ!!』

 扇の陣形をとりながら防衛をしていた有人のステルンクーゲル数十機を前にして、正体不明機は陣形を崩すために正面から突っ込んで体当たりを食らわした。パイロットの叫びも虚しく、凶運に恵まれた機体はバラバラに砕け散った。

 同士討ちを起こさない為に、下手には撃てなかった。
 小隊のど真ん中を突き刺すような動きをする以上、正体不明機の優位は揺るがない。

 ハンドカノンで遠距離の敵を打ち落としていく様はまさに死神。
 命を狩るという作業を淡々とこなしていくような、その瞬間には感情というものが存在しないような、無慈悲で正確な射撃能力。そこには無駄な動きは一切無く、洗練された人殺しの技が垣間見れた。









 その頃、コロニー在留者に気付かれない様秘密裏に設けられた無名の研究ブロックは、恐怖に包まれていた。

 陣笠を被った格好をした男達の一人。凄絶な笑みを口元に浮かべながら、爬虫類めいた顔をしてる男が研究員と対峙していた。顔が引き攣る研究員たちを前にして、射殺すような目で睨みつける。

「我々がいなければ研究が……」
「機密保持だ」

 命乞いをする白衣を着た研究員達を彼らは何の躊躇いも無く、引き金を引いた。
 次々に倒れていく研究員達に男は興味は無いらしく、部屋に篭もった凄まじい血臭と硝煙の匂いにも何ら動じない。今も揺れているコロニーを心地良くさえ感じている男は、ここには居ない敵に向けて―――

「遅かりし復讐人、未熟者め」

 今まさに向かってきている人物に向けて男は皮肉を放つ。
 だが言葉とは裏腹に、男は少しばかり残念そうである。戦いの中でしか生きていけないのだから、だからこそ強き者と戦いたいと思うのは当然の事だ。しかし、今はまだその時ではない。

 そう、まだ――――

「北辰様、準備完了しました」
「そうか……滅!」

 その言葉とともにコロニー中心部が爆発し、連鎖的にすべてのブロックが炎上した。








 ターミナルコロニー「シラヒメ」宙域より少し離れた地点。
 地球連合宇宙第三艦隊所属、リアトリス級宇宙戦艦アマリリスは、正体不明の敵に攻撃を受けているシラヒメの救援に向かっていた。

「シラヒメ、シラヒメ。――応答してください! シラヒメッ!」
「クッ、周囲の警戒を強めつつ、負傷者の救援を最優先に!」

 一向にシラヒメ側からの連絡はなく、最悪な事態が船員の頭の中を過ぎる。
 ECMを作動させているのか、正確な情報は読み取れない。だが目の前で起こる戦闘状況、電子的に送られてくる画像の荒い映像だけでも分かるぐらいな圧倒的な強さで、次々と破壊していく二つの機体が存在しているのは分かっていた。

 そして極めつけは、コロニー自体の爆発。素人でも分かるほど危険な状況に、アマリリス艦長であるアオイ・ジュンは、苦虫を噛んだように顔を顰めていた。

「二つのボース粒子増大確認、ボソンアウトします」
「画面に出して。――――センサー切り替え、画像処理最大に」

 部下に指示を出すと、先程までの荒い画像がある程度鮮明に映し出されたモニター。そこに映し出されていたものに、ジュンは驚きを隠せなかった。
 単独のボソンジャンプ。全長八メートルの正体不明機は明らかにそのフォルムが独特だった。

 ジュンが目にしたのはネルガルが開発したエステバリス量産型や、クリムゾングループが開発したステルンクーゲルとはまったく違う。規格外の機体への畏怖と、単機でコロニーを落としたのかという曖昧な推測に恐怖に、思わず言葉が漏れた。

「何だ、これは……」

 乗員全ての代弁を、ジュンは言った。










 ―後書き―

 またまた改訂版、早く終わらせろの言葉は欲しくありません。
 面白くもないし文章も目茶苦茶なのでJUNKに分類。続くのかも分かりません。
 とにかくキャラが書きたいので二話目は書くかも。それも願望です。